もう12年くらい前だろうか。それまで35mm判のニコンしか持っていなかったのだが、カメラ屋で中古のニューマミヤ6を見た途端、今までに中判なんか興味もなかったくせになぜか電撃的に欲しくなり、気がつけばその場でローンの手続きを始めていた。ボディ1台とレンズ3本(50、75,150)。望遠 150だけが新品であとは中古だったと思うが、全部で23〜4万円したと思う。まだ飲食店のバイトだけで食ってた貧乏時代である。当時の月収の倍近い、とんでもない借金だった。
植田正治とかメープルソープとか、正方形画面をよく使う人の写真が好きだったのだ。それを自分でも唐突に撮ってみたくなった。ブローニーフィルムの装填の仕方も知らなかったのによくそんな買い物ができたものだと思う。
その後の借金返済の苦労については語るまい。苦労した分そのカメラには特別の思い入れを持って大事に使った、という話になればその苦労も報われるのだが・・・そう、報われなかったのである。
まず、真四角という画面が素人には難しすぎた上に、それまでレンジファインダーのカメラを使ったことなどなかったもんだから「寄れない」ということが最大のネックになった。写真を始めたばかりの人が一度は通過する、引いて奇麗な絵を作れないためにやみくもに寄って構図もクソもない迫力の写真ばかり撮ってしまう・・・僕もおそらくそういう時期だったのだろう。写真とはそういうものだと思っていた。そういう「寄ってなんぼ」の写真が、レンジファインダーでは撮れないのだ。最短撮影距離1m ! そんなの、隣の檻にあるバナナじゃねーか。
同じ頃、僕の買ったニューマミヤ6を見て「お、それいいな。俺のも探してきてくれんか?」と父親が同じカメラを欲しがった。別の店で広角レンズ1本だけついたセットを買って渡すとそれを持ってどこか外国の山へ旅行に出かけ、なかなか美しい雪山の写真を撮ってきた。山や風景を撮るのに最短撮影距離などどうでもいいわけである。
・・・そうか、このカメラはこういう用途に使うのか。でも僕は山の写真を撮るわけじゃないからなぁ。風景向きのカメラ買ったから風景を撮ろう、ってわけにもいかんしなぁ。
同じカメラを父子で買って、先に買った息子の僕が使い道がなくて困っているわけである。なんか馬鹿みたいな話。父親には僕のを売りつければよかったんだな、ほんと。
結局、使いこなせないまま棚の上でホコリをかぶることが多くなり、使わないカメラのために借金だけ払う日々が続いた。そして借金完済後数年して、やはりほとんど使わずじまいのまま、買ったカメラ店で8万円で引き取ってもらった。手元にあった3〜4年ほどの間に、おそらく10本くらいしかフィルムを通していない。本当に無駄な買い物だった。
ここで話は終わらない。
ここ数年のレンジファインダー・ブームで僕もベッサLから足を掬われ、そのままベッサR2、そしてとうとうライカにも手を出した。ベッサやライカをとことん使ってみると、レンジファインダーの不便だと思っていた部分が思ってもみなかった緊張感を生み出したり、寄れないことがかえって違う視点からものを見る訓練になったり、一眼レフのうるさいシャッター音では決して撮れなかった写真が撮れたりと、ようやく僕もレンジファインダーカメラの素晴らしさに目覚めたのである。
そうなってみると思い出すのは、あの売ってしまったニューマミヤ6だ。
あのカメラはやっぱりすごいカメラだったのではないだろうか。最初に店で感じた電撃は間違いじゃなかったのでは。
父親に電話すると、最近はデジカメばかりでマミヤはほとんど使っていないという。じゃぁ貸してくれ、というわけで何年かぶりで手に取ったニューマミヤ6は、レンジファインダーの良さをちゃんと知っている今の僕に、まさに二度目の電撃を与えた。
田中ナントカ先生が「6×6判のライカ」と呼んでいたのを思い出す。まさにその通り。ライカとは違って電子式のレンズシャッターだが、その静かなことはライカ以上。ファインダーの出来も素晴らしい!
何本か、借りたその日に写して歩いた。翌日ラボから上がってきたXP2を見て唸った。50ミリレンズの描写も、本当に繊細で素晴らしい。こんなに奇麗なレンズだったっけ?
僕はこんなすごいカメラを売ってしまったのか? 馬鹿じゃないのか!?
そう、馬鹿だったのである。浅はかだったのである。愚かだったのである。もうなんとでも言っとくれ。
夢中になって1ヶ月間、ニューマミヤ6ばかりで写真を撮りまくった。去年の夏のことである。陽の長い夕方、仕事が終わってから日が沈むまでの1時間、毎日120フィルムを1本消費して歩く。熱暑の夕方も、この軽いカメラならそんなに負担にならない。
20本撮ったところで打ち止めにして、その中から40コマ選んでエプソンのプリンターで写真集を作った。『35℃』とタイトルをつけたその自家製本写真集は、今でも頻繁に自分で見返すほど気に入っている。
あれから父親も「返せ」とは言ってこないので、それをいいことに私物化しているのだが、そうなると広角だけじゃなく標準75mmも欲しくなってくる。ところが標準レンズつきボディというのはたまに中古市場に出てくるけれども、標準レンズだけというのはなかなかない。
かえすがえす、売らずにフルセット持っていたらなぁと後悔しきりなのだが、売らずに持っていれば結局いつまでも使わなかったかもしれないし、レンズがもう一本あったら、逆に去年の夏のような緊密な撮影は出来なかったかもしれない。
はじめて出会った時、直感的にこれはすごいカメラだと思った。で、その直感は正しかったわけだが、それが正しいと知るためには一度手放さなくてはならなかったのだ。なんて、古くさい恋愛小説みたいな出会いと別れと再会を経て、ニューマミヤ6は今日も(父親に返されることなく)働いているのでした。
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